「お客様のため」の落とし穴について

「お客様のため」の落とし穴について

2018年 6月号

システムエンジニアにとって必要な要素は当然、技術知識です。システムエンジニアは知識労働者の典型的な職業ですから、そのようなスキルでプロフェッショナルとしての社会的評価を受けなければなりません。また他方、近年ではその人間性というのも重要視されてきております。情報システムが人々の社会、仕事、生活に密着することで、SEの人間性も重要視されてきているのです。

人間性の中もとりわけコミュニケーションスキルというキーワードが注目されます。「コミュニケーションスキルが何よりも大切だ」という意見も多くあります。しかし、それは当たり前のことであり、それだけでシステムエンジニアなどのITシステムに関わる仕事ができるとは限りません。コミュニケーションスキルの重要性を唱えれば唱える程、「それさえあればそれだけで良い」というような風潮に陥り、プロフェッショナルとしての業界全体のレベル低下を引き起こしてしまいます。

コミュニケーションスキルに重きを置くと、「お客様のために」や「仲間のために」などの「誰かのために」という一見美しい言葉で仕事を進めてしまいます。そしてその陰で、重大な問題に気付かず大きなミスを起こしてしまうのです。また、本来上手く行くはずのプロジェクトを大失敗させてしまうこともあります。それは「お客様のために」というコミュニケーションスキルだけで、あるいはそれに依存してプロジェクトを進めることに原因があるのです。

「お客様のため」と言いますが、お客様はそれを望んでいるのか?「お客様のため」は「お客様がこう言ったから」などという言い訳になりかねません。「お客様のため」という言葉の裏側で、SEとしての自主性や誰から見ても正しいという技術知識が後回しになるのです。お客様は「お客様のため」など望んでおりません。お客様は「あなただったらこの難問をどのように解決するのか」というはるかに高い技術知識を望んでいるのです。つまらぬ大人の言い訳などは不要であり、情報技術に関わるプロとは「あなたでは解決できないことを自分の高い技術知識でこのように解決できます」という仕事なのです。もう一度、高い技術知識ということの重要性を考えてみても良いと思います。人間には弱い一面があります。高い技術知識を持たなければ、厳しい仕事の中で「誰かのため」を「誰かのせい」にしてしまうこともあるのではないでしょうか。